原作は2017年に発表された脚本家で舞台演出家の川口俊和による同名小説で、同年の本屋大賞にもノミネートされました。
そして2018年にこれまで多くのテレビドラマの演出を手掛けてきた塚原あゆ子監督により映画化されました。
ある喫茶店にあるとても不思議な席。その席に座った人は時間移動ができるというのです。
そこへそれぞれに迷いや悩みや悲しみなどを抱えた人たちが登場し、現状を変えるために時間移動を希望します。
ただ過去の事実だけは変えようとしても絶対に変えることはできないという厳然たるルールがあって、実際に過去に戻ってみた人はそのことを身をもって思い知ります。
だからと言ってその人たちの人生もそのまま何の変化も進歩もなしに続いていくのでしょうか。そうではありません。変えられない過去の事実に戸惑う生き方に区切りをつけ、人生の新しい一歩を踏み出していく人たちの姿が描かれています。

おすすめしたいのは

人生のさまざまな問題で苦悩している人、恋愛現在進行形のカップル、若年夫婦からベテラン夫婦まで、さらに家庭を、パートナーを、友人を、周りの人を大切にして人生を過ごしていきたいと考えているすべての人におすすめです。

メインキャスト

有村架純(時田数=主人公)、伊藤健太郎(新谷亮介=数の恋人、夫)、深水元基(時田流=喫茶店のマスター)、波瑠(清川二美子=客)、林遣都(賀田多五郎=客、二美子の幼馴染)、薬師丸ひろ子(高竹佳代=客、房木の妻)、松重豊(房木康徳=客)、吉田羊(平井八絵子=客)、松本若菜(平井久美=八絵子の妹)、石田ゆり(時田要=謎の女、数の母)

映画の見どころ

時間移動というサイエンス・フィクションの味付けがされてはいますが、この映画の根底にあるテーマは心の持ち方を含めた人間の生き方です。身近な人・大切な人・そばにいてほしい人と離れ離れになること。それは誰にでも起こりうる、つらいけど避けては通れない人生経験です。その経験が手かせ足かせとなって踏み出すべき次の一歩が出せなかったり、進べき道を見出せなかったりして、人生の途中で立ち止まったまま時間だけが過ぎていくような状態に陥ってしまうこともあるかもしれません。

でもそういったときに、たとえ過去の事実は変えられなくても、その事実に勇気をもって向き合うことで自分の心の持ち方が変わり、未来への一歩を再び踏み出す力が生まれてくるのではないか、そういうことを多くの人に力強く訴えているということがこの映画の魅力ではないでしょうか。

人生を切り開く力を一度は失いかけた人たちが、再び力を取り戻してさらに強い力で前に進み始める様子を描いた4つのストーリーは、映画を見る人の実人生に寄り添い勇気を与えてくれるものになるような気がします。

コーヒーが冷めないうちに ネタバレ

・とある町のとある喫茶店のとある席には・・・
摩訶不思議な都市伝説があるそうです。なんとなんとその席に座った人は、自分が望んだとおりの時間に移動できるというのです。ただし、いざそれをやるとなったら知っておかなくてはならない、なんともやっかいなルールが存在するのです。
それは・・・

  • 過去に戻ってどんなことをしても、現実は変わらない。
  • 過去に戻っても、この喫茶店を出ることはできない。
  • 過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ。コーヒーが冷めないうちに飲み干さなければならない。
  • 過去に戻れる席には先客がいる。席に座れるのはその客が席を立ったときだけ。
  • 過去に戻っても、この喫茶店を訪れたことのない人には会うことはできない。

というものでした。
ここで早速、疑問とツッコミをかっ飛ばしたくなります。
まず、疑問。
もしコーヒーが冷めないうちに飲み干さなかったらどうなるの?
そもそも冷めきったと判断される温度って何度?
そしてツッコミ。
自分の望んだとおりの時間というけど、過去しか書かれていないよ。未来はどうした!

その辺のことはあとで確かめることにして、とりあえず先へ進みます。

さてこの喫茶店、その名はフニクリフニクラ。切り盛りしているのはいとこ同士の関係である時田流(深水元基)と時田数(有村架純)。都市伝説の管理人みたいな立場でもあります。
そしていよいよ・・・

タイムスリップその1

客のひとり、三十路を目前に控えたキャリアウーマン清川二美子(波瑠)は、1週間前にこの喫茶店で、アメリカに渡る直前の幼馴染の賀田多五郎(林遣都)と同席していました。
家族のような気安さが災いして、普通の恋する男女間のようなほのかな思いを内心抱きながらも、それをちゃんと伝える雰囲気に持ち込むすべもなく、憎まれ口の応酬のまま喧嘩別れのような状態となってしまいました。

それから1週間がたち、一人になって冷静に五郎のことを考える二美子。喧嘩別れとなった1週間前のこの喫茶店でのあの一幕が、そして五郎のことが気になって仕方がありません。こうなったら都市伝説のタイムスリップを利用して1週間前に戻るしかないようです。

ここから都市伝説のさらに詳細な部分が少しづつ明らかになっていきます。
ルールにもあったように過去に戻れる席には先客の女性がいて、その客が席を立たない限りはどうすることもできません。二美子はその先客に席を空けてもらおうと声をかけ、その客の肩に手をかけます。するとその瞬間呼吸ができないまま別世界に引き込まれそうな感覚に襲われて慌てて手をひきます。ルールを守らないとやばいことになるよという警告ですね。さらにその先客の女性の正体が幽霊であることが知らされます。

やがてその先客の女性幽霊がトイレへ行くために席を立ちます。この辺の幽霊に関連するツッコミ(たとえば、「なんか幽霊っぽくないし」とか「幽霊なのにトイレはおかしいだろ!」など)は一応自制しつつ先へ進みます。

やっと訪れたチャンス。二美子は過去に戻れる席に座ります。ここであらためて客にコーヒーを注ぐ立場である主人公の時田数が二美子にルールの確認をします。過去に戻れるのはカップがコーヒーで満たされてから冷めてしまうまでの間だけで、もし冷めきる前にコーヒーを飲み干さなかった場合は幽霊になってこの席に座り続けることになるというのです。この席の先客の女性幽霊も、冷めきる前に飲み干さなかったために幽霊となってずっとここにいるのだという補足説明も。

そのあとコーヒーがカップに注がれて、二美子は1週間前の過去に戻ります。そして1週間前と同じように五郎と同席します。そして、1週間前と同じような会話を繰り広げ、結局過去は変わらないことを実感し、コーヒーを飲み干して現在に戻ってきます。ただ一つ違うのは、五郎がアメリカ行き決定後に彼女にふられていたということを新たに知らされたこと。

ここでまたツッコミが発生します。
本来の過去では五郎が彼女にふられたことを二美子は知らなかったのに、戻った過去ではそれを知った。つまりこれは変わらないはずの過去が変わったということじゃないのか。

ここはとりあえず、「過去の事実は変えられないが、心は変えられる」という人間社会の根本原則のうちの「心は変えられる」を優先させることにして先に進みます。

五郎に彼女はいないということを知り、「過去は変えられないが未来は自分次第です。」という数の言葉を心に刻んだ二美子は、人生の新たな第一歩への意欲に満ちた表情で喫茶店を後にし、アメリカ行きの決意をスマホで五郎に告げます。「待ってる。」という五郎の返信に、タイムスリップその1完結の満足感が漂います。

タイムスリップその2

過去に戻れる席が空くのを待っている常連客の一人で、若年性アルツハイマーのため夫の顔さえ忘れてしまい、離婚したわけでもないのに2年前から旧姓を名乗るようになった高竹佳代(薬師丸ひろ子)。夫に渡し忘れた手紙を渡すために過去に戻りたいと、席が空くのを待ちながらフニクリフニクラで毎日過ごしています。

「夫婦で映った写真を見せたら。」という優しいアドバイスツッコミもあり得ますが、ここでは封印しておきます。

夫の房木康徳(松重豊)は、自分のことを実の夫と認識しなくなってしまった佳代が混乱しないように気遣いながら寄り添うため、夫としてではなく看護師として優しく佳代の世話を続ける毎日。

そんな房木に数は、佳代が過去に戻って夫に渡し損ねた手紙を渡したいと考えていることを伝えます。それを聞いた房木は、夫としてそれを受け取ることが困難な現状もあり、自分が過去に戻ってそれがどんな内容なのか確かめてみたいという気持ちになります。

そして件の席で、戻りたい過去の日をしっかりと意識するように念を押された後、コーヒーがカップに満たされ、房木は過去のフニクリフニクラに戻ります。そしてそこでアルツハイマーを発症してはいるもののまだ悪化していない佳代と同席します。そして意を決して切り出します。「私に渡すものないかな。」

すでに都市伝説の席のことを知っていた佳代はそれを聞いて、目の前の房木が未来から来たことをすぐに悟ります。夫が3年先から来たことを聞いた佳代は自分の病の進行具合を尋ねます。「大丈夫だよ。3年後も君はしっかりやれてる。」「・・・なら、この手紙、渡す必要ないわね。」「欲しいよ。君から手紙もらうの初めてだから・・・。」佳代は房木に封筒を渡します。

はい、ここでツッコミタイム。オリジナルの過去では手紙を受け取っていないのにリピートの過去では手紙を受け取っている。過去の事実は変えられないルールに違反じゃないの?

ここもやはり、事実は変えられないが心は変えられる法則を優先ということで、ツッコミが論破されたことにして早速次へ進みます。

「コーヒー冷めちゃうわよ。」この席のルールを知っている佳代の言葉。
房木「そうだね。」
佳代「早く戻らないと。」
佳代が継ぎ足してくれた砂糖を混ぜてコーヒーを飲み干し、「君は大丈夫だよ。嘘じゃない。」と繰り返し佳代に語り掛けた後、房木は現在へ戻ります。

現在のフニクリフニクラに戻った房木は受け取って来たばかりの封筒を開けます。流れてきたハッピーバースデーのオルゴールミュージックを聞きながら、手紙を読むと・・・「あなたは私の前で看護師である必要はない。私はあなたの前で患者でいたくない。あなたとは最後まで夫婦でいたい。」

・・・何も申しません。ここはゆっくりかみしめながら見ていただければそれでいいです・・・

房木は、今度から妻のことを旧姓の高竹ではなく房木と呼んでくれるように頼んで、フニクリフニクラを後にします。

前途多難を覚悟したうえで、看護師と患者ではなく夫婦として生きていくことを決めた房木と、妻佳代との再出発が実現してタイムスリップその2はこれにて完了です。

タイムスリップその3

フニクリフニクラの常連客の一人平井八絵子(吉田羊)はスナックのママで、実家は仙台で旅館を営んでいます。旅館の跡継ぎを拒否して両親と喧嘩になり、妹が止めるのを振り切って飛び出してきた過去があります。一人で旅館の跡を継いだ妹が、姉を説得して引き戻そうと何度もフニクリフニクラに足を運びますが、八絵子は姿を隠したりして会うことを拒絶し続けてきました。

その妹が不慮の事故で亡くなってしまうのです。人前では強気を装う八絵子ですが、一人になると悲しみに襲われてしまいます。そしてフニクリフニクラで過去に戻れる席に座ることを決意します。

一度起きたことは変わらないとわかっている。でも踏ん切りをつけたいというか、妹とちゃんとお別れをしたい。そういう気持ちを数に伝えてタイムスリップを願い出ます。

しかしその席には当然先客の女性幽霊が座っていて、いつ立ち上がるか見当もつきません。なんとかするために数はある作戦を開始。女性幽霊にコーヒーをしこたま飲ませて(まさかまさかの利尿作用?で)トイレに立たせることに成功します。

ここで視聴者に代わって八絵子が「ほんとに行先トイレなの?幽霊なのに。」とツッコミを入れてくれますので、せっかくのツッコミどころではありますが、こちらからはやめておきます。過去の世界へ戻る(飛び込む?)八絵子が装着する水中眼鏡。これもとりあえずツッコミなしでスルーしておきます。

また、亡くなった人と会う場合はなかなか別れを切り出せないので、コーヒーが冷めきる前にアラームが鳴る温度センサーをカップに入れておく件も、喫茶店ではありえない光景ですが、人命救助優先ということで一応納得した上で先に進みます。(コーヒーが冷めきった温度っていったい何度?というツッコミ疑問も一応この温度センサーにお任せということで・・・)

さて八絵子の妹が前回フニクリフニクラを訪れた過去の時点に戻った八絵子。そこへ生前の妹が登場して久しぶりの姉妹の会話が始まります。八絵子は妹に、スナックをやめて実家に戻り旅館を継いでもいいということを伝えます。あまりの嬉しさに涙を流す妹。その妹に向かって、妹の運命の日である1119日は休みを取り、家から一歩も出ないように説得しますが、妹は全く聞き入れません。そしてアラームが鳴り始め女性幽霊がトイレから戻ってきます。結局八絵子は妹の死という現実を変えることができないまま、コーヒーを飲み干して現在に戻ってきます。

ここでも、オリジナルの過去では実家に帰るとは言わなかった八絵子が、リピートの過去ではそれを妹にはっきり意思表示してる点で、事実が変わったとのツッコミは可能ですが、やはり心は変わる原則の方を優先適用しつつストーリを追いかけます。

現在に戻ってきた八絵子は、慌てて実家に電話してみますが、やはり妹が亡くなったという事実は変わっていませんでした。それでも、八絵子は妹に伝えたとおり、実家に帰って人生の再出発を目指すことを決断します。両親を始め回りの人みんなを幸せにするという壮大な野望とともに。

「過去の事実は変えられないが、人の心は変えられる。」という最優先の大原則が見事に貫かれたままタイムスリップその3まで完結しました。

タイムスリップその4

フニクリフニクラの常連客の一人で大学生の新谷亮介(伊藤健太郎)はマスターの流との会話で、過去に戻れる席の女性幽霊が実はなんと数の母であることを聞かされます。そして数本人から、カップにコーヒーを注いだのは自分であること、お母さんは死んだお父さんに会いに行ったんだと思っていること、自分だけ置いて行かれたと思っていること、そしてコーヒーを入れなきゃよかったと思っていることなどを聞かされます。

時は少しづつ経過し、亮介は大学を卒業して社会人となり、その間に数と亮介の恋愛関係も進展していきます。そして結婚より先に数は亮介との子を身ごもります。数の妊娠を喜ぶ亮介に対し、あの時コーヒーをカップに注いで母を失ってしまったことの悔いが心から消えず、人生の新たな一歩を踏み出す気になれない数。自分が幸せになっていいのか迷い続けている数。

母を失った過去に戻って母と話し、母の気持ちを確かめることでしか光をともせない心の闇。しかしここで新たなタイムスリップルールがマスター流の口から判明するのです。過去に戻るためのコーヒーを入れられるのは時田家の女だけということなのです。そして現在時田家の女は数しかおらず、数が自分でコーヒーを入れて自分で過去に戻るということも不可能ということなのです。

なんとかして数の思いをかなえてあげたい亮介。悩み考え続けた結果、とうとう数が母に会うことができる方法を思いつくのです。いったいその方法とは・・・?

数が、亮介から伝えられた時間を守ってフニクリフニクラに着くと、やがてあの席に一人の女の子が現れます。未来と書いてみきという名の、そのやけに元気な女の子がコーヒーを注ぐ役となって、数を母に会える過去まで戻してくれるのです。

ということはその子は時田家の女?でも時田家の女って数だけのはず・・・

さて、過去に戻った数。ついに会えた幽霊ではない母。その母の口から聞くことができた話とは・・・
実は、母は父に会うために過去に戻ったのではなくて、数に会うために未来へ行ったというのです。医師から余命3ヶ月を宣告されてしまい、自分がいなくなった後の数のことが心配になって会いに行ったというのです。そしてそこで数に「いかないで!」と号泣とともに引き留められてコーヒーが冷める前に飲み干すことができなかったようなのです。(今回は、数は母にコーヒーを飲み干すように必死で説得します。母はやっとのことでそれを受け入れ、コーヒーを飲み干します。)

その日は数が6歳の時のクリスマスの日でした。数が6歳のクリスマスに母に会う夢を見たと思っていたのは、実は夢ではなくて過去から未来の数に会いに来た本当の母だったことを初めて知ります。

数を見捨てたのではない。ずっと数のそばにいてずっと数の話を聞いていたかったということを伝えてくれる母。初めて母の気持ち・母の真実を知る数。

そこへ無情にもコーヒーが冷めるアラームが・・・まだ母のそばにいたい数。このまま母から離れたくない数。「向こうで待ってる人のことを思い出して!」と娘に自分の二の舞だけは踏ませたくない母。

涙とともにコーヒーを飲み干し、「あなたのことをいつでも見てるから。大丈夫よ。」と繰り返す母の声を聴きながら、数は現在に戻ってきます。

数は母に会い真実を知ったことによって、新たな人生の一歩を踏み出す勇気を手に入れます。過去の事実は変わりませんが知らなかった真実を知ることによって心は変わったのです。
幽霊だった母の姿もフニクリフニクラから消えてしまいます。数に強くせがまれてコーヒーを飲み干したことで地縛霊状態から解放されたのでしょうか。仏教でいう成仏ということになるのかもしれません。悲しみの過去に一区切りつけられたということでしょう。
(となると件の席は常時空席、時間移動体験がやり放題となり、希望者殺到ということになりそうなわけですが、ここまでくるとその件は、ストーリの中では重要性が消滅しているのでスッと流します。)

そして数か月後、亮介と数の子供が誕生します。数が決めた名前は未来と書いてみき。そう、数を過去に戻して母に合わせるために未来から戻ってきたあの女の子なのです。(なにしろ、そう名付けないと映画そのものが成立しなくなってしまいますからね。)

と、ここでタイムスリップその4ほぼ完結というところですが・・・

亮介が考案した方法の検証

亮介が考えた方法というのは結局、将来の我が子(未来と書いてみき)を未来から現在へ戻らせて(未来のみきから見れば現在から過去へ戻って・・・ややこしいのですが)コーヒーを注がせるということだったのですね。過去のどの時点に戻るのかを強く意識することが大事ということで2019年4月13日が指定されていました。(流マスターがマジックペンで紙に日付を記入しているシーンがありました。)

そしてさらに、みきが出発した「未来の日付」と、みきがやってきた「この日の日付」の両方を、数と亮介は十数年後の未来まで絶対に忘れずに覚えていなければいけません。そして「未来のその日」がやってきたら、そこからみきをコーヒーを注ぐ役として「過去のあの日」へ戻らせないと、この映画が崩壊しかねません。ここは「心が変わるんだから、まあいいか。」では済まされないところでしょう。

でも大丈夫です。そのシーンは映画の一番最後、出演者スタッフ紹介字幕(スタッフロールというのでしょうか)の後にちゃんとありました。映画館で見る人は、映画が完全に終わって照明が点灯されるまで席を立たないほうがいいですね。

振り返ってみると、最初に出た5つのルールに未来のことが一切書かれていませんでした。結局、未来はまだ来ていないのでルール付けは無意味、自分次第でどのようにでも変わる、変えられるということを暗示していたようです。
数々のツッコミどころというか理論的矛盾も存在していますが、「過去の事実は変えられないが人の心は変えられる。」という強力な優先項を代入することで、そこそこ完璧な(?)理論武装も成立しているようです。違和感を排除して、新たな人生へと再出発していく人々のストーリーに集中できる仕上がりになっていると言ってよいのではないでしょうか。

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